『猿長者』
昔、ある大晦日の晩に、天加奈志が、村人たちにユー(福)をあげようと思って降りてきました。最初、東の金持ちの家を訪ねました。ニャーニャーと猫になって入っていくと、女中さんらしき人が出てきて「アバ、マユ(猫)が入ってきましたよ奥さん」と言ってうろたえています。「すると、奥の方から「こんな忙しいときに猫なんか、追い払いなさい」とわめいています。猫に化けた天加奈志は「なんて、ガサツな人たちだ、こんな家にユーをやる必要なんてない」と思って、隣の家に行きました。
西の家に行くと、おばあさんが出てきて「あれ、おじんさんや、猫が来ましたよ」と言うと、おじいさんが「どこの猫か知らんが、猫だってわしらと同じ生き物、仲間さ、何かあげる物はないか」と聞いています。これを聴いた天加奈志は元の姿に戻って「あなた方は心の優しい人間だ、わしは、来年のユーを分けようと思って天から降りてきたが、今晩一晩泊めてもらえないか」と尋ねました。おじいさんとおばあさんは少し困って「この通り、何もない家ですが、それでもよろしければ」と言って、丁ねいに家に上げました。
大晦日だというのに、ほんとに何もなく、二人は囲炉裏の炭でお湯をわかし、それを飲んでいました。天加奈志は「東の家は、飯台いっぱいにごちそうを並べ、三線をかき鳴らして賑やかに正月を迎えようとしているのに、何という違いだ」と話し、ばあさんに鍋をもって来てそれに湯を沸かすように言いました。天加奈志は湯が沸くと、懐から米粒を取り出し、二粒、三粒鍋に入れました。すると、鍋いっぱいにご飯が炊けました。
同じような方法で肉汁も作り、3人でそれらを食べながら大晦日を過ごすことにしました。おじいさんとおばあさんの喜びようったらありません「こんなおいしいもの、生まれて初めてです」と言って大喜びです。そこで、天加奈志は二人に質問しました。「あなたがたは、若返るのと金持ちになるのと、どちらを望みますか」。すると二人は「アガイ、それなら若返る方がいいね、若かったら一生懸命働いて金持ちにもなれるし、子どもだってつくれるし」と声をそろえて答えました。
「よし、それなら二人の夢をかなえてあげよう。まず水桶に湯を沸かし、二人それにじっとつかっていなさい。私が出て良いというまで」天加奈志は言いました。二人は言われた通りにしました。「もう、よろしい」という声で二人は立ち上がると、立派な若者と美しい娘に生まれ変わっていました。二人は手を取り合って喜びました。天加奈志は「私はあなたがたの欲することをかなえてやった。これからは力を合わせて、優しい心を忘れることなく、幸せを見つけなさい」と言い残して静かにどこかへ行ってしまいました。
しばらくすると、東の家の者が、貸した火種を取りにやってきて、若い二人を見て「アバ、この家の者はどこへ行ったのかな」と尋ねると二人はクスクス笑って「ここにいますよー」と言ってからかいました。目を丸くしている東の家の者に訳を話すと「こうしてはいられない、わしらも若返らせてもらおう」と言って天加奈志を追いかけました。「どうか、私たちも若返らせてください」と頼むと、天加奈志は「いいだろう、それではまず家族の人数分だけ黒砥石をさがして来て並べ、それに一人ずつ座っていなさい」と言いました。男は後姿に深くお礼をしてからさっそく家に帰り、言われたとおりにしました。すると欲深い東の家の人たちは猿に生まれ変わりました。その格好を見て、これでは人間社会に住めないと言って、山に逃げて行ったそうです。
そこへ天加奈志が降りてきて、西の家の者に「東の家の財産は、すべてあなた方に任せますので好きなようにしなさい」と言って帰りました。二人は、金持ちになった上に、子どももさずかり、村一番の幸せ者になったという話です。このときから、正月のしめ縄には炭と昆布を飾って身も心も若返るそうですよ。
(話者/佐和田カニ=伊良部)