『牛になった正直者』
昔、正直者の男がおりました。結婚して二人目の子が生まれたころ、大暴風に見まわれ、ひどい食料困難になってしまいました。ソテツの芯まで食べつくし、このままだと家族全員死んでしまうと思い、男はある裕福な知人を訪ねて「家族4人を助けると思って粟一俵分けてほしい、必ず二倍にして返すから」と言うと、「いいだろう、君は正直者だから信じて貸してやろう」
家族はおかげで餓死することもなく、おまけに粟も蒔くことができました。いよいよ収穫だというときに、男は重い病気になってあっけなくこの世を去りました。ところが、男はあの世に行っても、借りた粟のことが気になって成仏できませんでした。ある日、神様に「私はどうしても返さなくてはならない恩があります。どんな形でもいいですから、私をもう一度、地上に降ろしてほしい」と頼みました。
男が死んでから7、8年も経ったある日のこと、牛を牧場で飼っている金持ちの家にみすぼらしい牛が生まれました。主人は、あまりのみすぼらしさに、飼う気も失い、牧場に放っておいたそうです。ある日、男に粟を貸した知人がその牧場に自分の牛を引いて草やりにやってきました。そこでひ弱そうな子牛が網に絡んでころがっていたそうです。「かわいそうに」知人は、網からはずしてやり水も与えました。たびたびそうやって親切にしてくれました。
ある日、知人が帰ろうとすると、「はぁい、はぁい」と人の呼ぶ声がします。「おかしいな、誰もいないのに」と言って帰ろうとすると、また呼びます。そこには、あのみすぼらしい牛しかいません。「まさかとは思うが、君きみか」と知人が言うと「おお、ごぶさたしております。わしは7年前、あの世に行きましたが、あなたに借りた粟俵のことが気になって、この姿になって戻ってきました」と牛がしゃべるのです。
知人がポカンとしていると、「見ての通りの姿で、主人も私のことを見放しています。おそらく、安く売るはずですから私を買ってください。きっと、あなたの役に立ちます」と牛がしゃべっています。主人に交渉すると、「金は要らんから持っていってくれ」と言い、「それでは気が済まないから粟一斗でいかがですか」ということで、家に連れて帰りました。
知人は、その牛を大事に飼いました。ある日、その牛が「実はある金持ちの家に一番強い牛がいるはずだ、私はそいつに勝つ自信があるから米俵2俵と、負けた牛を賭けて勝負をしようと持ちかけてくれ」と言います。知人は牛の言うとおりにして勝負の日を決めて来ました。
その当日、牛は「私の体に粟俵のカマスを二重にも三重にも被せてくれ、そして一方の角には紐をつけたツガを縛り、もう一方にはトゥカツという丸い棒をやっぱり紐を通して縛ってくれ」と言います。そして、戦うときは風上の方から連れて行くようにと言われ、知人はその通りにしました。向こう側から相手の牛がやってくると、この小さな牛は、あや鳴きして地面を蹴り土ぼこりを巻き上げ、跳んだりはねたりしています。そのたびに、背中のカマスは大きく膨らみ、カマスとトゥカツはお互いに打ち合ってガラガラすごい音を出していました。
この様子を見ていた相手の牛は、すっかりおじけづいてパタッと尻尾を持ち上げて逃げてしまったそうです。金持ちの主人は想像もしていなかっただけに、あっけに取られて突っ立っていました。負けは負けなので、粟二俵と負けた牛を差し出しました。
それからしばらくして、物言う牛は「私はそろそろお暇しなくてはなりません。何日に門で鼻綱を切っておいてください。それから、賭けでもらった牛は、夜鳴きを始めたら人に譲ってください、その方があなたにとっては得です」と言って、ある晩、静かにいなくなりました。
それから、何年かして、賭けでもらった牛が夜鳴きを始めましたが、知人は情が移って売りませんでした。すると、その牛はしばらくして死んでしまいました。それから、宮古では夜鳴きをする牛は飼わなくなったという言い伝えがあります。
(話者/前里財儀=城辺)