『魚女房』
昔、独り者の若者がいました。若者は、農業しながら海にも行ったりしていました。ある日、若者は釣りに出かけました。そして、とても美しい魚を釣り上げました。珍しいので、食べる気にはならず、しばらく養ってみようと思い、大きなかめに入れておくことにしました。
ある日、若者が畑から帰ってみると、たいそうなごちそうが並んでいました。若者は不思議に思いましたが、せっかくだから食べてしまいました。ところがこんなことが何日か続くと、妙な気持ちになって隣の物知り婆さんに聞いてみることにしました。婆さんは「そうさな、お前が畑に出かけた後、きれいな娘さんが袖をまくり上げて料理を作っているよ」と言うのです。
若者はまるで心当たりがないので「どうしたら良いのでしょう」と聞くと、婆さんは「あれは、人間ではないね。お前が飼っている魚だろうね」と話し、何でもお見通しでした。そこで若者はこれからのことを尋ねると、「畑に行くふりをして隠れていて、女が現れたら後ろからそーっと行って、こらーっと脅かすと、その女はずーっと、そのまま人間でいられるよ」と教えてくれました。
若者は、その美しい娘と一緒になれたらいいなと思っていたので、婆さんの言われたとおりにして、二人は夫婦になりました。しばらくすると、子どもも生まれ、毎日幸せに暮らしていました。ところが、周りの村人たちは、この家族をうらやむあまり、若者にいやがらせをするようになりました。村の集まりのたびに「お前はイユ(魚)ガマのビキドゥン(夫)のくせに。何といやらしい」となじりました。
若者は、だんだんと引きこもるようになり、妻にあたりました。「おい、魚よ、お前のせいで、わしは卑しい男にされているんだよ。もう、出て行ってくれ」と怒鳴り散らすのです。外から帰るたびに、そうして暴言を吐かれると妻は立場がなくなり、ある日とうとう「わかりました、出て行きます、子どもたちのことをよろしく」と言って海に入っていきました。
若者は、妻のおかげで裕福に暮らしていたのに、女がいなくなると、抱いていた子どもさえも、ブーブーと蚊になって飛んでいってしまいました。あわてた男は、急いで海に行き、「わしが悪かった、頼む、わしも一緒に連れて行ってくれ、コーイ、コーイ、戻ってコーイ」と泣き続けました。そして、とうとう若者はコーイ鳥になってしまったということです。(*コーイ鳥=一般にヒクイナと呼ばれ、夕方から夜にかけて鳴くといわれる)
(話者/花城カマド=上野新里)